絵文字「大変よくできました」はなぜ採用されたのか?

2024年8月18日

下の画像を見て、何を思うでしょうか。日本で小学校教育をうけたことのある方であれば、宿題でよい出来だったときに小学校の先生が押すスタンプを思い浮かべることでしょう。

じつはこの画像はISOの絵文字として登録されています。この記事で使用している画像もiPhoneでこのiso絵文字「WHITE FLOWER」を表示させた画像です。つまり、対応するフォントさえあれば英語圏のWindowsでもMacでもこの絵文字を表示することができます。しかし、「なぜ花の中に日本語が描かれた小学校でしか使わなそうなスタンプがISOの絵文字に登録されたのか?」と疑問に思う方も多いと思います。そこで経緯を解説します。

そもそも絵文字の始まり

ここでは絵文字の起源については言うつもりはないので、始まりといってもISOに絵文字がコード登録されるまでになったきっかけのガラケー(ガラパゴス携帯=日本独自の携帯)の絵文字文化が始まった背景について説明します。元々はガラケーの前のポケベルの時代まで遡らないといけません。ポケベルとはご存じのない方もいるかもしれませんが、電話でプッシュ信号を送り、それを文字に変換することで文字情報をリアルタイムで受け取れるサービスでした。(サービス当初は数字しか受け取れない機種もありました) 当時は携帯電話は高価で個人で持てる時代ではなく、かといって固定電話に電話しても家族に迷惑とかいう問題もあり、恋人同士とかがコミュニケーションをとるツールとして爆発的に流行しました。そしてその中で一部のポケベルに88という数字を♡に変換して表示する機種があったそうなのですが、それが圧倒的に売り上げが良いことからドコモがiモードというガラケーのプラットフォームを立ち上げるにあたって176もの絵文字を導入することにしたそうです。

ドコモが顧客囲い込みのために立ち上げた絵文字はかなり好評だったため、auやJ-phoneもそれぞれ独自プラットフォームで独自の絵文字を立ち上げました。絵文字は顧客囲い込みの重要な道具だったため、特に統一化されることもなく、例えばドコモからauに絵文字を送ったら文字化けするのが当たり前でした。

絵文字を文字化けさせるのは良くないと考えたGoogleとApple

当初、日本の通信会社は絵文字は顧客囲い込みの道具だったので、別に他社の携帯で文字化けしても特に問題ないと考えていましたが、途中からこれはよくないと思ったのか変換サービスを始めます。ただしこれはGoogleやAppleとは異なるアプローチでサーバ側で文字コードを自分の会社の携帯で読める文字コードに変換して、読み込めるようにするものでした。この方法ではいちいち、サーバー側で文字コード変換の処理をしなければならずGoogleとAppleはこれが最善の方法とは思いませんでした。例えば、Googleの手掛けるGmailの当時の日本担当者によるとやはり日本の携帯電話から送られてくる絵文字の含んだメールをGmailで文字化けなく表示させたいという思いから統一したコードが必要だということになり、提案することにしたと語っております。

2008年、GoogleとAppleはそれぞれ別々にISO/IEC 10646に絵文字のコード登録の提案書を提出しました。最終的には2社共同で提案し、一部の文字を除いてコードとして採用されました。もちろん、これには大きな反発がありました。日本独自の文化をコード化する必要はないと主張する人などもいたそうですが、そもそも議長がGoogleの人であったことや文字ってそもそも特定の地域でしか使われないものばっかだよねということからなんとか採用できたそうです。

それで、なぜ「大変よくできました。」は採用されたのか?

Googleとしては当時の携帯大手三社ドコモ・au(KDDI)・ソフトバンクが使用している絵文字をそっくりそのまま全部登録したいと考えて、基本的に全てを提案しました。もちろん、3社からこれ以上は絵文字を増やすつもりはないという意向も確認して、今ある全てをコード化すれば文字化け問題はなくなるし丸く収まると主張したようです。そして「大変よくできました。」絵文字は当時、au(KDDI)しか持っていない絵文字だったので正直言って採用されなくてもおかしくはありませんでしたが、全ての絵文字をコード化することをGoogleが提案したため、国旗の絵文字や企業のロゴ絵文字、地球の絵文字でどの地域を中心に描くかなどもめるポイントが多かったことが幸いしました。「大変よくできました。」絵文字は大して興味を持たれず、他のものと一緒にまとめて採用されました。

「大変よくできました。」絵文字の名称が「White Flower」なのはおかしくないのか?

ところで、「大変よくできました。」絵文字ですが名称は「White Flower」となっています。これだとかなり意味合いが異なるため、もしかしたらGoogleの担当者がアメリカ人であまり馴染みのない絵文字を白い花という名称にしたと思われるかもしれませんが、そういうわけではありません。Google提案者には日本人も入っており提案書の絵文字ひとつひとつに対応させた説明文にも「Symbol that a teacher writes on homework for “brilliant"」と書いてあり、絵文字の意味はちゃんと理解して提案されているように見えます。ただ、ちょっと忙しかったのでしょうね。名称は適当な名前をつけてしまったようです。「White Flower」という名称だと本当にただの白い花を表していると思っている人が非日本語圏では多いのではないでしょうか。

実際問題としてiPhoneでは本来の意味をくみ取って「大変よくできました。」と書かれていますが、他のフォントでは例えば「💮」のように絵の中の日本語が省略されているものもあります。

参考資料

CNET Japan 2010年2月記事

NHK 2023年8月記事

Google/Apple 共同絵文字提案書

提案書における各絵文字の説明分